読み書きそろばん。
江戸時代、寺子屋でこれを学んだ人たちがいました。 それ以前は、読み書きができなくても生きていけた。
でも、ある時期から 読み書きができることが「当たり前」になった。
特別なスキルではなく、基礎教養になった。
それと同じことが、 今、起きようとしています。
AIは特別な技術ではありません。
近い将来、基礎教養になります。
読み書きそろばんがそうだったように、 AIもまた「使えて当たり前」の時代が来る。
ただし、これは 「今の経営者が遅れている」という話ではありません。
読み書きができなかった時代の人が 劣っていたわけではないのと同じです。
経営力はそのまま。 時代の前提だけを更新する。
これまで培ってきた判断力、胆力、人を見る目。 そこに、AIという基礎教養を重ねるだけ。
「学び直す」のではなく、「重ねる」。
それが、経営者のAIネイティブ化です。
- 構造①:時代ごとに基礎教養は変わる
- 構造②:新しい教養は前の時代を否定しない
- 構造③:経営力はそのまま、前提だけを重ねる
構造①:時代ごとに基礎教養は変わる
読み書きそろばんは、 江戸時代に基礎教養として定着しました。
明治以降、英語が加わった。 昭和後期、パソコンが加わった。 平成、インターネットが加わった。
時代ごとに「当たり前」の層が増えていく。 そのたびに、少し戸惑いがある。
でも、振り返ってみれば、 どれも「特別なスキル」から「基礎教養」へと 静かに移行していました。
AIも同じ道をたどっています。
今はまだ「すごい技術」に見える。 でもじきに「当たり前の前提」になる。
その移行期に、今いるだけのことです。
構造②:新しい教養は前の時代を否定しない
パソコンが普及しても、 読み書きの価値は消えませんでした。
インターネットが広がっても、 計算力の価値は消えなかった。
新しい教養は、前の時代を否定しません。 その上に重なるだけです。
AIが基礎教養になっても、 経営者の判断力が不要になるわけではない。
むしろ、判断力がある人ほど AIを深く使いこなせます。
経験は消えない。 判断力は消えない。 人を見る目は消えない。
そこに、一つの層が加わるだけのことです。
構造③:経営力はそのまま、前提だけを重ねる
「学び直し」という言葉があります。
でも、経営者に必要なのは 学び直しではありません。
30年かけて培った経営力を 否定する必要はどこにもない。
必要なのは、その経営力の上に 時代の新しい前提を「重ねる」こと。
読み書きそろばんの上に パソコンを重ねたように。
経営力の上に AIを重ねる。
経営者AIネイティブ化とは、 この「重ねる」という行為のことです。
足すのではなく、重ねる。 変わるのではなく、更新する。
経営の誇りはそのままに。
自分の基礎教養の層を観察する
- 自分がこれまでに「当たり前」にしてきたものを振り返る
- パソコン、インターネット、スマートフォン──それぞれ最初はどう感じたかを思い出す
- 今、AIに対して感じていることを、そのまま観察する
- それが「新しい層が加わる前の、自然な感覚」かもしれないと、静かに受け止めてみる
読み書きそろばん、そしてAI。
時代の基礎教養は、静かに変わります。
でも、その変化は これまでの経営力を否定するものではありません。
むしろ、経営力があるからこそ 新しい層を深く使いこなせる。
重ねるだけでいい。
あなたの経営力は、そのままで価値がある。 その上に、時代の前提を一つ、置くだけのことです。